Fever Pitch 〜寝ても大宮、覚めても大宮 vsG大阪

半分、予想していたが、仕事が終わらなかったので、夜行バスはキャンセルした。
当日の14時までに入稿作業が終われば、新幹線に乗ってでも行こう、と思っていたのだが、結局終わらなかった。お客さんのいる仕事は相手あってのものだから、どうしたってそうなってしまう。なにせGWとはいえ、お客さんは平日で勤務の日だ。夏のような気候の中、大宮のHUBでビール飲みながら見ることをプランに入れて、夕方までに終わらせようと早起きして(っても10:00だ)、データを印刷屋のサーバにアップロードし終わるころには、すでに17;00を回っていた。やはり、思い通りにはならないものだ。

シャワーを浴びて、着替えて、外に出ると、絵に描いたような夏の夕暮れで夕涼みの趣だ。夏の夜を楽しむことを生き甲斐にしているので、一気にテンションが上がる。平日の夕方の大宮駅東口。まさにおれの原風景。HUBについたのが18:30くらいだったが、すでにお客さん、つーか大宮サポーターでいっぱいだ。サラリーマンの人がオレンジのユニに着替えている。「スタンドになりますが…」と、大宮のユニを着た店員の姉ちゃんにいわれたが、「全然オッケーっす」といい、バスを頼んで立ち呑み。続々とお客さんがやってくる。なんか、大阪まで酔狂に旅に出るのも捨てがたいけど、夕闇迫る大宮駅前の繁華街で仕事を済ませた人たちと(おれもそうだけど)、猿真似とは言えパブで一緒に飲みながら見るのは、贅沢というか粋だなと思いなおした。

前半1点取られたとき、「まぁ、またドローでもいいだろう」くらいの気でいた。つまりやはり案の定、追いつくと思っているのである。
その余裕なのか、店内は笑いが目立つ。「まぁガンバだからなぁ」「バレーだけはイヤだなぁ」といった論調が耳に入る。とにかく苦笑い。余裕なのか開き直りなのか、よくわからん。さらにFKのときにレアンドロがフェイクでボールの上をジャンプしたときに笑い、そしてバレーがシュートを吹かすたびに爆笑になる店内。
38分、コータが同点ゴール。
J1デビュー戦、この万博でトニーがゴールから掻きだしたシュートを放った男が、地元でゴールを決めるこの愉しさ。店内は一気に盛り上がる。

席が空いた。相席になったのはやはりおれと同年代の一人客の男性。ハーフタイム中、「いやぁそれにしても、いいゲームするようになりましたね」と出し抜けに話しかけた。男性はもの静かな人で「そうですねぇ…」と言った。「鹿島ともいいゲームでしたしねえ」「そうですねえ。強くなりました」どっちともなくそんな話を呟くように、する。「大宮ですか?」「ええ、この近所で育ちまして」「ああ、僕は指扇の農家ですよ。よそ者ですかね」「何言ってるんですか、大宮じゃないですか。僕はもう立ち退きで、浦和に住んでますよ」「あら、そりゃ不運ですねえ」
HUBから歩いて5分のおれの生家はもう、マンションになっている。
夜の大宮駅前に、子供の頃の夏祭りの夜を思う。

68分、中沢に決められる。「まぁ、ただじゃ済まないっすよ」「ええ」相席の男性は本当に静かだ。こういう一人観戦のサポーターが多いのも大宮だ。つーか、おれだってそうだ。

「まだまだわかんないっすよ、今年の大宮は」
「そうですねえ」
「なんたってペドロがいますよ…あいつがかき回しますよ」
酒が回っておれはなんかしゃべってしまった。酒場においてこういう聞き上手はモテるんだろうな、と思う。
言ってるそばから、ペドロが入る。そして主税が入る。
さぁ、やってやろうじゃないの…といわんばかりの樋口采配。ビールを追加。PJ、慶行、主税、よってたかってボールを走らせる。大宮が押してきた。

麻雀で言うならラス親が細かくテンパイ連荘しはじめた感じだ。トップは逃げ切りたい。でもラス親が逃げ切らせない。オーラス近くというのは2着目が気ままで愉しいが、まさにそんな感じである。ガンバに負けてもしょうがない(っちゃあ誤解が有るが、一種の敬意表現だ)。こっちは捨てるもんなどありゃしないのだ。この難敵ぞろいの4月攻勢、勝ち点落としてないダケましじゃねえか。これで勝ったらメッケもんだぁ、もうイケイケである。

そしてあのロスタイム男、森田を投入。一発マクりを狙ってきた。不思議なもので、その前から店内で「森田出せー」「まぁこうなりゃ森田だよなぁ」という声が聞こえ始める。なんだか往年の「代打男」タイガースの川藤みたいになってきた。

こういう時は大抵、ノッてる方が強い。残り6分でのCK。ゴール前に上がったボールを、村山が落として主税がネジ込んだ。
おれはイスから飛び上がって叫んで、イスをポーンと叩いた。店内は大騒ぎだ。片っ端から知らぬ同士が握手。物静かな相席の男性もおれに握手を求めてきた。
「きましたねえ!これ、イケるよ!」「イケるかもしれないですね」

そして、店内は当然、あの男のコールだ。

一人、ゴール裏のオレンジャーのマフラー(2001ver)をしている男性がリードを始めた。
すると、堅気かと思われたお客さんたちが一斉に歌い始めた。おれはスタジアムに通っているから歌えるが、みんなして歌いだした。なんとまぁ、ここまで浸透してるんだなぁと感慨に浸るのもつかの間、ロスタイム。最後のチャンス。
主税のFK。ボールはポーンとなんの衒いもなく飛んでいってゴール前、ひときわデカい男の頭に当たって、ふわぁっとゴールに吸い込まれる。

思い通りにならないことは世の中に多い。
仕事であれ、麻雀であれ、大げさに言えば、人生は思い通りにならないことの連続だ。
でも、思い通りにならないこと、と、思いがけないこと、は裏表だ。
そして、思いがけないことが起こらないかな、と思いながら人間は生きる。

「思い通りにならない」から「思いがけないこと」に人は「思いを寄せる」ことをする。
そんなこと、わかっちゃいるさ。
でも、思いがけないことが思った通りに起こる。こんなこと、なかなかない。

店内はさっきの握手から、抱擁へとヒートアップしていた。
すぐに試合が終わった。HUBコールリーダーが歌い始める。
「寝ても大宮、覚めても大宮、やっぱり大宮ジャンキーさ…」
この時ほど、この歌が沁みたことはなかった。
寝たのも大宮、覚めたのも大宮、いいことも悪いこともあった、ああ、大宮の街。
高揚して、酔っぱらって銀座通りを歩く。腹が減って「つくば」でたぬきうどんとおにぎりを喰う。
おれの大好きな、小汚くて、下品で、猥雑な、夜の大宮駅東口。

このゲームを生で観戦できた人は幸せだったかもしれない。
イヤ、幸せに違いない、というか幸せじゃない訳がない。正直うらやましい。
でも愛してやまない故郷の街が一番輝く、夜の賑わいの中で見ることができたおれは、幸福というよりも、なんだか誇らしかった。
サポーターとして、そして大宮っ子として。

思い通りに仕事は進まなかった日に、思いがけないことが、思った通りに起こった。

Fever Pitch 〜思い過ごしも恋のうち vs浦和 vs鹿島

今年の大宮は強いんじゃないか、ということを自覚したのはこの間の千葉戦だった。今思い出しても、「なんだありゃ?」と思う。千葉のディフェンスが悲惨なことになっているのはまぁ確かにしても、10分間で2得点というのはやりすぎである。その後のリーグの展開で、千葉というチームがディフェンスに限らずずいぶんと大変なことになっていることがわかったので、あれは大宮が強い訳じゃないんだ、思い過ごしも恋のうち、ということだ。
でも、誰しも経験すると思うが、思い過ごしだったとしてもその瞬間は本気なのであり、そういうときの人間は強い。それに気づく、5/3のFC東京戦での惨敗までの約1ヶ月というもの、素晴らしい日々であった。

4/20 vs 浦和 0-0 △
まず浦和戦。さいたまダービー。おれは仕事で参戦できず。ネットでドローという結果を知る。勝つ気でいたが、ドローだった。
職場の連中と酒を飲む。職場の連中はよってたかってマリノスのサポーターであり、同僚の奥さんはマリノスのチアリーディングのチームに所属しているから、5/6の大宮戦をみんなで応援に行こー!わー!などと盛り上がっている。
当然、おれは行かない。行くけど、いかない。
何かと生きにくいが、これも運命である。
カラオケでサンボマスターの『世界はそれを愛とよぶんだぜ』を歌いながら、間奏のところで「お前らなんかとは見に行かないわけですよ!」と叫ぶ。
当日参加しない女の子がいて、話を訊くと横浜FCのサポーターとのこと。
「もしよかったら大宮のゴール裏に横浜FCのユニでおいで」と誘っておく。
世界はそれを愛とよぶんだぜ。
あ、へんな意味でなくね。一般的な意味よ。パワハラ呼ばわりされたらたまらんw

4/27 vs 鹿島 1-1 △
鹿島戦。GWに突入だが、自営の仕事が山ほどあるので休みではない。ホームゲームなのにスタジアムに行けず。当日券も完売。しょうがないので、ギリギリ仕事をかたづけて、大宮のHUBで観戦。
前半に決められた妙なゴール。前がかりのアクションサッカーになった大宮の弱点が「ポーンと放り込む縦パス」であることは、千葉戦あたりから指摘されていた。なにせこっちは強いと思っているし、鹿島には勝ったことないけど勝つ気でいるから、1点先取されても平気でいる。ずいぶんまぁ立派な立場になったもんだと我ながら思う。思うが、実際同点になってしまうのだからしょうがない。ましてや、後半の展開など、こっちがいつ逆転してもおかしくないような展開だったのだからこうなってくると、思い過ごしも確信へと変わるというものだ。
これは、行くしかない。平日開催、アウェイ大阪でのガンバ戦。家に帰って、高速バスをネットで予約。そして、28日中に仕事が終わるように、次の仕事に手をつける。自営業の強みだ。

Fever Pitch 〜美しい日本 vs大分

会社の登記をした日がちょうど、開幕の1週間前だった。
その帰り大宮の町に出て、閉店間際のカフェPに顔を出すと、マスターが怒っている。
「おれはもうこのチームはどうでもいい。もうヤメだ。もう見に行かねえよ」
何かというとクラブの事務局とケンカをしているマスターだから、いつものことかと思っていると、どうも様子がおかしい。今度は本気なかんじがする。
詳しくは書かないが、サポートカンパニーに加盟したのにその処遇に納得がいかないらしい。
「おれはもう、見に行かないとは言わないけど、まぁ、そんなに気合いを入れる気はないね。明日から赤い旗を店の前に出してやろうかと思うくらいだよ」
必死でなだめるおれだったが、なんだかラチがあかない。言ってることは正論すぎるくらい正論で、「そんなこと言わないでさぁ」という理屈の入り込むスキがない。さすが、団塊世代の批判能力というものは侮れないものがある。
おれとしては、会社を作ったことだし、大宮をからめた店発行のフリーペーパーでも作りませんか、みたいな話をしようと思ったのに、早速経営戦略が狂い始めた。相変わらず、間の悪いおれなんだなぁと思いながらその日は帰った。

この春からおれはDTPのデザイン事務所を立ち上げた。とはいえ、ひも付きというか、今の職場の広告物を独立採算で引き受けるためのものである。
そんなわけで設備投資を回収するために3月は忙しくて、毎週やってくる入稿締め切りに追われ、まるで売れっ子漫画家のような日々であった。仕事から逆算して空き時間を見つけて、遊びの用事を入れるといった具合で、平均睡眠時間3時間、仕上げた広告物12本。MacBookイラレCS3とモリサワフォントの資金は回収できたが、サポーター人生で初めて、ホーム開幕戦をナマで見ることができなかった。そして、3月のゲームのほとんどをみることができなかった。
だから、大分戦がおれの開幕戦になった。

去年まではマスターと一緒に見ていたが、あんな状況だからスタジアムにいないだろうと思って一人で見た。
氷川神社の参道を歩く。花見の客も多いが、そろそろ大宮公園の桜は散り始めている。神社の境内を通り、恭しくお参りをして、桜並木の隙間から見えていたNack5スタジアムにつくと、もうキックオフの直前だった。ゴール裏の立ち見席の隅に立つ。風が吹くと敷地の外にある桜が散って、自分を通ってピッチに吹雪く。
こんな雰囲気のサッカースタジアムは日本にしかないだろうし、大宮にしかない。氷川神社という関東で一番大きな神社の敷地に隣接し、荘厳な雰囲気のなかで開催されるサッカーのゲームは、スポーツを神事としてとらえる日本的伝統に則る。つまり、日本という国のプロリーグの風景として、大宮公園サッカー場ほど適した場所はないのではなかろうか。
サッカーはヨーロッパ文化の代名詞のようになっているけれど、Jリーグを名乗るなら、桜と神社と森の中にあるこのスタジアムをもっとフィーチュアしたらいい。日本には日本の風土に合うサッカーがあっていいはずだ。
「美しい日本」などというスローガンで政権を得た史上最高のボンクラ総理はすでに辞任しているが、美しい日本の美しいスタジアムと美しいサッカーの3つが揃う「可能性があるのは」きっと、ここだけである。
さて、問題の3つ目「美しいサッカー」はというと、今期初観戦のおれの前でおおむね達成できていた。なによりも、斉藤雅人が2ゴールを決めるという展開は美しさ云々以前に想像のつかないものだった。
マスターは横にいなかったが、酔っぱらったオッサンがとなりで大はしゃぎしている。いやぁ、よかった。これだからいいんだ。ねえ、そうでしょうオタクも?強いだけならさぁ、何も大宮じゃなくたっていいんだよね!こういうことが起きるから、たまんないんだよなぁ!このあと『力』行きましょう、ねえ!とおれの肩に手を回して肩を組んできた。
オッサンの娘と孫が前の立ち見で見ていて、「ちょっといい加減にしなさいよ!すいませんねえ酔っぱらいで…」とおれに謝ってくる。いやいや、いいっすよぉ、と言い、風が吹いて桜が散る。春の陽気、判官贔屓の酔っぱらいのオッサン、桜吹雪、「社員選手」斉藤の2ゴール、大宮の勝利。2008年のおれの開幕戦は、世界でここでしか味わえない、日本的情緒に溢れたものだった。

オッサンの『力』への誘いは断った。イングランドならパブ、スペインならバールだろうが、日本人なら、蕎麦屋だろ!というラモス瑠偉のような心意気で、大宮公園でのデイゲームでは、スタジアム向かいの蕎麦屋『奥信州』に寄って蕎麦を食うことにしている。勝利の余韻を味わいつつ、座敷に座ってビールをのみ、野菜天ざる蕎麦を食べる。ああ、美しい日本。

帰り、恐る恐る『P』に寄ると、店にはすでにサポ仲間の人が集まっていたが、マスターはカウンターの中で黙々と仕事をしていた。
「当分見に行かないよ」と言う。ああ、やっぱりそうかと思っていたら、

「京都と清水に行ったら、さすがに疲れたよ。体力的に無理だわー」

え?

Fever Pitch 〜Power for the future 復活します。

久々に、このブログを復活させることにする。

去年1年間、まったくここには書かなかった。
見てくれていたひとが結構多くて、ここに書く時は真剣に下書きを書いて校正してから書くようにしていたんだけれど、去年は大宮もおれ個人もどん底で、とてもじゃないが随想のようなことを書く気力も余裕もなかったんです。試合はちゃんと見ていたけれども。
まぁ、なんというか色々と辛かった。人生で一番辛い、しのぎの一年だった。
年が明けて、なんだかスッキリして、いろいろと余裕も出てきたので、復活させます。
いまさら、昔読んでくれてた人が帰ってくるとは、思っていないけれども。

Nack5スタジアムがオープンしたのは去年の秋だが、本当にいいスタジアムと思った。雨の大分戦でのお披露目だったが、何よりいいと思ったのはそのネーミングだ。大宮というクラブと、Nack5という地方ラジオ局という組み合わせが絶妙だなぁと思ったからだ。長いこと、大宮というクラブ内外に漂う独特の気質というかムードを表す言葉はないかと思っていたのだが、「ラジオ的」という表現でまとまった。
テレビの視聴者ではなく、ラジオのリスナー。大宮のサポーターのコアな感じはラジオのリスナーのつながりかたに近い。通常の生活…たとえばオフィスや、飲み会やそういった場で「あのラジオ聴いた?」と話題にはならないが、個人個人に根ざした愛され方が、ラジオ的なのである。浦和ではこうはいかない。無理矢理比較してしまうのもナンだけど、浦和のそれはテレビ的である。
言うまでもなく、ラジオは個人に訴えるメディアである。仕事をしながら、受験勉強しながら、個人に訴える。おれが大宮公園に通い始めてはや6年がたつが、その間に知り合ったサポーターの多くが、元々一人でスタジアムに来ていた人である。なんかこれ、深夜放送のリスナーをみつけた感じに似てる。

御託ならべたが、一言で言えば「マイナー」ってことかもしれない。
が、マイナーって言葉は、マイナーが前提の自覚的な人間にとってまったく有効ではない。
少なくとも、ラジオっ子で、サブカル被爆した青春を送り、Macユーザーで、大宮サポーターのおれには、まったく攻撃的ではない。

そういうこった。

ひとまず、Mac OS/Leopardは素晴らしい。

よろしくお願いします。

Fever Pitch 〜Come rain or Come shine vs 新潟

優勝が決まるわけでも、降格が決まるわけでも、昇格がかかっているわけでもない、ただのシーズンラストゲームである。厳密に言えば天皇杯があるから、まだラストですらない。しかもアウェイである。なのにおれは、浦和駅五時三十二分発の鈍行に乗り、高崎、水上、長岡で乗り換えて、鈍行だけで新潟まで来てしまった。
オフィスで始業前にコーヒーを飲みながらトニーニョの退団を知った瞬間、おれはダッシュで近所のファミマに行き、チケットを取って、金曜日の夜は早く上がることと土日は仕事をしないことを宣言してしまった。
新潟までの各駅停車の旅はなかなかよかった。
高崎、水上で乗り換え。天気もよくて冬の上越国境の山並はキレイだった。が、国境を越えると天気が変化し、新潟に近づくにつれどんどん悪くなっていく。そして新潟に着くと、完全な雨の天気になった。さすが日本海側である。上越国境恐るべし、である。

新潟駅からシャトルバスに乗ってビッグスワンを目指すが、天気はどんどん悪くなっていく。どしゃぶりだわ風は吹くわ雷は鳴るわで大荒れであった。この天気の変わりっぷりに、こんなときに大雨とはしかし、おれの雨男ぶりも堂に入ったもんだと思う。バスの中はオレンジ色だらけだが、すべて新潟野郎ばかりである。
誰かが「この天気じゃ中止まであるなあ」と言った。そりゃないぜ不二子ちゃん、おれ新潟でカツ丼食って帰るの?体張って笑いを取るのに各駅停車は効率悪すぎだ。それに、トニーのラストゲームなので困る。
世間的には、今日はレッズの優勝がかかった大一番の日であり、Wiiの発売日である。世間で大きな声で語られるのはそちらの方に違いないが、こっちは大宮のDFラインに君臨し続けた男の最後のゲームである。人それぞれ大切なものは違う、なんてのは使い古された言い方かもしれないが、この風雨吹き荒れ手足のかじかむ新潟スタジアムに、大宮サポーターが多くいたのは、ここに大切なものがあるからに他ならない。レッズの人はサイスタへ、Wiiの人は家電屋へ、そして大宮のサポは新潟で風雨に打たれながら「バモストニーニョ!」と叫びながら飛び跳ねる。浦和のことやWiiの発売については取り上げられるだろうが、トニーニョのことが取り上げられることは、多分ないだろう。

ところで、落語家の立川談志が芸を語るときに「巧は拙を蔵する」という言葉をよく用いる。名人というのは旨いだけではなくて、どこかに拙さを持っていると。芸人として長生きするには、この拙い部分が魅力になるものであるということかもしれない。愛情というのは不思議なもので、完璧であっては意外と長続きしないものである。いい面悪い面の両方が並存して魅力になる。

トニーニョで思い出すのはJ1昇格を決めた水戸戦での、3-0で迎えたロスタイムのオウンゴールである。時折トニーがやる、ヘッドで後ろにボールを流す半分おふざけのプレーがゴールに入ってしまった。トニーのこのおふざけプレーで何度となくピンチに追い込まれたこともあった。
が、それがオウンゴールにまでなって、しかも昇格直前のロスタイムというのがなんとも不器用であり、愛嬌があって(まあ点差があったからだが)、このキマリの悪さのようなものが大宮というクラブ全体を象徴しているような気がしてしみじみと面白かった。
その反面、J1デビュー戦での吉原のシュートをゴールからかき出してしまうトニー。彼のプレーは不器用さと器用さが同居しているのである。

ゲームは、トニーのいなくなった大宮を想像せざるを得ないほどトニー自身がキレていた。今までずーっと見てきたせいで、トニーのプレーはあたりまえの風景になっていたんだなと思った。トニーはいつもそこにいた。言葉にするとシンプルに響くが、いつもそこにいた、と思える選手というのは得がたいものだし、そう思わせるということは偉大なことだ。そんなトニーがもう最後になるかと思うと、万感胸に迫る。

トニーいつもそこにいる選手なのに、何かしらの話題に上っていた。それはトニーが時折やらかすレッドや、ロスタイムでのポカなども含めてどこか人間くさいというか、温かみがあったからだ。「あの人のことを悪く言う人はいない」という人格者ではなくて、「悪いところもあるし言われることもあるけれど、でも大好きだし頼りにしている」という存在だったと思う。器用で万能な選手ではないけれど、でも頼りにしているしどこか愛されるプレーとキャラクターの持ち主だった。
6年間そこにいた選手にこういう言葉は適切かどうかわからないが、トニーニョの魅力はディフェンスの巧さだけでなく、彼の持つ「拙」の部分も大きかったのではないだろうか。意識的であれ無意識的であれ、大宮のサポーターはトニーの「拙」な部分を愛していたのではないか。少なくともおれはそうだった。ムダにカードをもらうトニーをどうも責めることができなかった。DFはつべこべ言わんと体つかってボール跳ね返せばええんじゃ!というような不器用なプレースタイルが好きだ。時折キレて責めあがってカウンターくらって必死に戻るトニーが好きだ。
そして何より、トニーはいつもそこにいる。雨の日も晴れの日も、いつもそこにいるから好きだ。

雨は一向に弱くならない。日も傾いて寒さは一層厳しくなった。ゲームは後半に入った。新潟はサイド攻撃を仕掛けてくるが、トニーをはじめ今日の大宮のDFはほぼ完璧だった。一方で、久々復帰の藤本のゴールが決まり、大悟のゴールが決まった。もはや負けないと思った。新潟が放つシュートもFKも、まるで魔法でもかけられたかのようにゴールを避けてしまう。もう負けない。あとはトニーのヘッドでのゴールと、完封で終わることを祈るのみだった。

ロスタイムに入って、おれらは「バモストニーニョ」の連呼だった。1分のはずがずいぶんと長いロスタイムだった。いつまでたっても笛が鳴らない。おれは、「もしかすると‥この展開は‥」と思った。
ファビーニョがゴールを決めた。その直後、笛が鳴った。やはり、トニーの最後はトニーだった。

トニーニョがピッチから去っていく姿を見届けた。いつもそこにいるトニーニョがそこにいなくなる瞬間だ。いつもそこにいるトニーニョが、いつもよりゆっくりとピッチを去っていった。雨の日も晴れの日もそこにいたトニーが、大雨の中去っていった。もう、そこにはいないんだなあ、と思うと少しグッと来て涙が出た。

帰りはご好意で無敵大宮ツアーのバスに乗せてもらった。
バスの中で見た『ALWAYS 三丁目の夕日』が案外よくて、小雪吉岡秀隆に「眼に見えない指輪を云々」というシーンで泣いちまった(のんだくれんじゃあさんも泣いていた)。今日はトニーと小雪に泣かされた。一日でこんなに似ても似つかない二人に泣かされることは早々ないだろう。寝不足でテンションがおかしかったのかもしれないな。

浦和に帰り着いた。天気の激変のせいか風邪っぽいので、「眼に見える指輪」を手にして騒ぐ連中を横目に、「眼に見えない指輪」をはめたおれはタクシーで家に帰ることにした。


<追記> 
ところで、おれはアルビレックス新潟と新潟サポーターが嫌いである。相性が悪いこともそうだが、「大宮のくせに生意気だぞ!」というダンマクを掲げたこと、03シーズンの夏のホームゲーム前にオレンジスクウェアでコーヒー飲んでたらバカな一家がアヒルの人形持って入ってきて写真撮って何も買わずに帰っていったこと(こういう「集団なら、子供づれなら何やってもいい」という発想がおれは大嫌いである)など、「新潟」と聞くだけで軽く不快になる人間であり、ずっと罵倒し口汚く罵ってきた人間であり、新潟中越地震に「天罰だ」と密かに思った人間であり(募金はしたぞ)、03シーズンの黒崎は新潟の工作員だったと思い込んでいる人間である。だから新潟風土記は悪意に満ちたものにしてやろうというつもりだったのだけれど、一つだけホメちゃう。
あのカツ丼、旨えな。
卵でとじたヤツでなく、カツを天丼のタレにくぐらせた新潟独特のものらしいのだが、これ旨え。いわゆる卵とじのカツ丼がしつこくてあまり食えないおれにとって、このカツ丼は理想的であった。東京で食えないんだろうか。新潟は嫌いだが、坂口安吾田中角栄とこのカツ丼は認めてやることにする。

Fever Pitch vs C大阪  〜またしてもこんな冬

トナリのクラブは優勝がかかっていた。前夜、スポーツニュースを見ると「トナリのクラブ特集」がやっている。ノッケから坂本龍馬の話が流れ始めて何のことかと思えば、要はトナリのクラブの親会社の母体となった旧財閥の創始者である岩崎弥太郎は、坂本龍馬海援隊の一員として世界を目指したのであるから、トナリのクラブには「世界を目指す」遺伝子が流れてんだよー、ってな、いかにも中途半端に知性を帯びた構成作家が作ったであろうVTRだった。このクラブの周辺には何事も大仰に語る雰囲気があることは今に始まったわけではない。

こっちのクラブの周辺には、何事も自嘲気味に語る雰囲気があることは今に始まったわけではない。トナリのクラブの大仰さとは対照的である。将来、きっと優勝しても何かしらの皮肉を言ってるに違いない(J1昇格を決めた日も、カフェPのサポ衆たちと真っ先に盛り上がったのは「トニーのオウンゴールはしょうがねえなあ」という話題だった)。

「さっさと優勝しちゃえよ、うるせえから‥もういつまでもいつまでもギャーギャーうるせえっつんだよ宗教じゃあるまいし‥もっとノンキに見れないのかね。このくらいの客入りがちょうどいいじゃねーか‥」
カテ4の隅っこに座ったマスターは吐き捨てた。サイスタはすっかり冬だった。2階席を開放していない。寂寥感溢れる曇り空のホーム最終戦、となりにはグチるマスターがいる、というのももはや定番の風景になりつつある。
「三浦は辞めるしかねえだろーなー、でも、辞めるやつは他にいるよなー」とマスター。

マスターは最近、クラブ事務所の官僚的な職員とケンカをし、店にディスプレイしていた旗やグッズを全て取り払った。とはいえ、サポーターを辞めたわけではない。
本人曰く「旗を取り払ったら、サッカーの話をしないで済むからラクだね。まあ、お客さん相手に弱い大宮の話題じゃ申し訳ないじゃねーか」と。そもそもマスターは俺が通い始めた頃、「この旗は壁の汚れを隠すために貼ってんだ」と言っていた。この店に来たのは2000年。それからもう6年が経とうとしているが、ずーっと大宮のフラッグは壁に貼ってあった。

今季の大宮は残り2ゲームを残したところで残留を確定させた。毎年毎年同じことの繰り返しである。序盤は絶好調、夏あたりに息切れ、秋は泥沼、で、最後にギリギリで逃げ切る。考えてみればこの「夏息切れ→秋泥沼」というパターンはJ2昇格の04シーズンも同じだったし、広義で捉えれば第一次三浦体制の昇格逃した01シーズンも同じであった。

社会人というのは同じ失敗を2回やってはいけない、というのを昔教わった覚えがある。とはいえなかなかそれをちゃんと貫徹するのは難しいことくらい、人よりもルーズでアバウトなおれだから重々わかっている。だがしかし、こうも毎年同じパターンに陥るのはいったいどういうことなのだろうか。まるで去年のコピーである。そしておれも晩夏〜秋が忙しくて見にいけず、ネットやテレビで結果を眺め、もろもろのストレスを発散できないままに冬を迎えてしまうというところまで一緒である。

寒空の下、ゲームも寒かった。残留が決まっているからまだマシだが、正直言えば相手がヒドすぎる。こっちだってそうそう偉そうなことを言える立場ではないが、さすがにヒドイ。たいした攻撃力のない大宮にやすやすと破られるディフェンスライン、クリアミス、名波を入れて多少変わるかと思いきやまったく変わらず。ハヤトの2ゴールが決まって、あっさり勝ってしまった。勝ったのはいいが、燃えるものがまったくないゲームだった。

06シーズンのホーム最終戦ということで、あいさつとサンクスウォークがあった。さいたま市助役の「来年のスタジアム完成の暁には、ぜひ優勝を決めるゲームをしていただきたい」とのコメントは、後援会長こと浦和レッズ取締役のあの男の最悪なコメントとは対照的なものであった。去就が注目される三浦監督は無難なコメントで終わっていてその動向は読めない。ただ、トニーニョが監督と握手をしていたことが気になった。もしかするとトニーは今年限りかもしれない。
「トニーは最後かねぇ」マスターが言う。「そうかもしれませんねえ」とおれ。三浦監督も去就が注目されている。「新潟行くしかねえかなあ」とおれは言った。「寒いからおれは行かないけど、天皇杯の磐田は行こうかなぁ」

J1 2年目のシーズンホーム最終戦は、こんな感じでメロウに終わっていった。

Fever Pitch 〜大悟と盛田とスーパー銭湯

ファンというもの、その対象である人物と話がしてみたい、仲良くなって見たいと考えるのが普通である。傾向としては女性のほうにそれは強いだろう。
いつも行くカフェPの常連のAさんという女性は、逢う度に「これこの間撮ったの」と練習場で撮影した選手の写真を見せてくれる。今シーズン前に「今年移籍してきた大悟選手はすごくいい人だった」と言いながら写真を見せてくれた。
佐伯と小林慶の方に気を取られていた自分には、そのとき、確かに気のいい感じのする兄ちゃんだなあ、くらいしか思わなかった。
ところで、俺が過去選手に直接触れ合った機会というのはほぼ1回である。菅野時代の03シーズン前の大宮公園で行われたファン感謝デーで、盛田剛平に当時流行っていたダンディ坂野の「ゲッツ!」のポーズで一緒に写真を撮ってもらった。そして盛田にサインをもらうとき、「スーパー銭湯、行ってますか?」とネットで仕入れたジャンク情報を盛田に問いただし、「行ってますねえ」という返事をもらった。
おれがプロのフットボーラーと交わした会話はただこれだけで、コンディションだのそのシーズンの抱負だのそんなことではなく、盛田がスーパー銭湯好きであるということを知っただけである。唯一、会話を交わした選手が盛田であること、そして会話がサッカーと全く関係のないことであること、これは俺の中でのちょっとした誇りである。

さて、小林大悟がクラブ史上初の代表選手に招集されたニュースを知ったのが、横浜・東戸塚スーパー銭湯のサウナの中であったことは、何かの因縁だろうか。
遠赤外線サウナ室に入ったちょうどそのとき、奥のテレビがオシムの映像になり、「メンバー全員の発表を見るまで耐える」といういい感じのタイマーになった。GKからDFと紹介が続くうちに、体中から老廃物が出て行く。そして、MFのところで「小林大悟(大宮)」の字を見て「よし」とつぶやくや否や、外に出てしまった。(メンバー全員の発表を見る前に出てしまったから、FWが誰なのかはわからないままで、もしかすると桜井が呼ばれているかもしれないと思ったが、それはさすがになかった)
7月の磐田戦にオシムが観戦に来ていたことは知っていたので、大悟が呼ばれるだろうことは予想できていた(ちなみに、グラウの退団は予想外であった)。露天風呂に入りながら月をながめつつ、「それにしても」と思った。ついにとうとう、ウチのクラブから代表選手が出る日が来たかと。あの、観客が1000人に満たない大宮公園から見続けてきたおれの大宮が、すったもんだの末にJ1に昇格し、昇格2年目にして代表選手を送り出した。そんな記念すべき日におれが、あの盛田の愛するスーパー銭湯にいたというのがなんだか妙にオカしくて仕方がない。
風呂から上がって、コーヒー牛乳を飲んでバイクで走った。風が気持ちよかった。大悟のせいか、風呂のせいか、よく眠れた。

翌日、久々にスッキリした体調で職場に行くと、「小林大悟、選ばれたね」と言われた。そうか、もう俺にとってサッカー観戦は「ひそかな楽しみ」ではなくなったのだと気づいた。
日本代表に選手を送り出したということは、理屈の上では多くの日本人が大悟に声援を送ることになるし、大悟のことを賞賛し、批判することになる。今までは「いやーウチに小林大悟っていういい選手がいてね」という話を振るにしても「まあ、お前らはしらねえんだろうけどな」と心の中で思っているのが妙に気分が良かったのだが、今後はそうはいかなくなってくる。大悟のパスの精度次第では、ホットヨガと代表戦を同列に語るような女からも話を振られるだろうし、いまだに「読売」が強いと思っているオッサンからも話を振られるだろう。
そして、代表サポと呼ばれる連中に大悟を預けることにもなる。大宮を追いかけ始めて以来、代表戦にはまったく興味がなく、ワールドカップすらチャチャッと済ませてきたおれにとって、代表戦が他人事ではなくなってしまった。これはこれで面倒だな、というのが俺の正直な感想である。
逆に言えば、齢32にして(この発表の2日後が俺の誕生日である)大悟はおれに「社会性」という試練を与えてくれたのかもしれない。他人など、世間など、そんなもん知るかと思って生きてきたこの俺に、「代表戦」という「世間」に順応しなければならない、という新たなテーマが浮上したのである。
大悟、面倒なことしてくれたなぁ。